Punch-kun
おひさしぶりです
あっという間に、もう3月も半ば近く
お雛さま、出さないまま終わってしまいました
しばらく前から、こっちでも(というか、どうやら世界各国で?)かなり話題になっている、お猿のパンチくん
お坊さんの行進も終わったので、かわりに、毎日、ついつい動画を見てしまいます
イケメンの飼育員さんに、飛びついて、しがみつく姿、かわいいですねぇ
実は、市川市動植物園の最寄り駅は、以前実家があった時に通勤に使っていた駅なので
「えっ、あそこ?」と最初、びっくりしました
動物園は、あまり好きではないので、行ったことはないです
植物園は一度行きましたね
イケアのオランウータンのぬいぐるみをママがわりに
さっぱり顔のイケメンお兄さんに見守られて
日々成長しているパンチくんの姿、けなげです
ニホンザルの子育ては、子どもの成長の点から見て、とても理想的なんだそうです
小さい時はお母さんにずっとしがみついていられて、安心、安全
ちょっと成長したら、お母さんから離れて、冒険して
そこで怖いことがあったら、またお母さんにしがみついて安心を得る
母ザルは、子ザルの一人歩きを引きとめもしないし、戻ってくれば拒絶もしない、と
だから、自然に親離れしていくんだそうです
ま、パンチくんの場合は、生まれてすぐにお母さんの育児拒否になっちゃったから
ちょっとね、理想的とは言えませんが
ふたりの優しいお兄さん(お父さん)に見守られ、オランママにしがみつきながら
ちょっとずつ成長してる姿を見るのが楽しみです
Seed of Peace
僧侶たちの行進は、初めのうちは知る人も少なくて、公園や道路脇に座って休憩し、公園や墓地のそばにテントを張って泊ったようです

警官によるエスコートがいつから始まったのか、わかりませんが
たぶん、僧侶の列に車が突っ込む事故が起こって、僧侶がひざ下から足を切断する大怪我を負って、それがきっかけになったのでは、と思います
わたしがフォローし始めた頃には、もう各州の各郡を管轄する警察署がパトカーやバイクで、僧侶たちの行列をエスコートをしていました
行進を見ようと集まる人たちも、日に日に増えていました



最初は、特になんとも思っていませんでしたが
管轄の郡から郡へ、州から州へ、途切れることなく、バトンをつなぐように、引き継がれてゆくエスコート
そのたびにお坊さんが肩にかけた布(?)に、留められてゆくピンバッジ
僧侶たちと警察官たちのやりとりをみていると
仕事だからやっている・・・だけではないもの、僧侶たちに対する誠意のある敬意を、PCのスクリーン越しに感じることも増え、心がじーんとすることもたびたび









ここからワシントンD.C.になるというチェーン・ブリッジ(Chain Bridge)では
メトロポリタン・ポリスの警察官が僧侶たちを出迎えました



ブルーの制服は議事堂を管轄するキャピトール・ポリス
テキサスからワシントンD.C.まで9つの州で、合計の人数は見当もつかないけれど、かなりの数の警察官たちが、僧侶たちの行進をエスコートしたわけです
アメリカの警官、地域の住民に愛され、頼りにされている警察官もいるはずですが
疑わしいというだけで、銃を持たない市民に寄ってたかって発砲し、死なせてしまったことが過去に何度もありました
今回、僧侶たちの「平和の行進」をエスコートした警官たちは
お坊さんたちがもつ穏やかで温かく、かつ強靭なエネルギーを、程度の差はあれ、じかに経験したわけで
平和の種は、間違いなく警察官たちの心にも蒔かれたわけなので
次に何かあって、市民に銃を向けなければならない時に
お坊さんの温かい笑顔が、穏やかな言葉が、頭に思い浮かぶかもしれない
早まった行動を取るまえに、ひと呼吸おくかもしれない
とりかえしのつかない結果になることが、ひとつでも減るかもしれない
お坊さんたちが蒔いた種が、そんなかたちで芽を出してくれたら・・・
わたしは、そう願っています
Monks' Teaching
お坊さんたちの「平和のための行進」は、無事終わりましたが
実は、ここからが始まり・・・でして
実は、わたし、最初は
お坊さんたちが、アメリカ南部を何日もかけてワシントンD.C.まで歩いたからって
いったいどうなるんだろう・・・
だからって、何かが変わるとも思えないけれど・・・
と思っていました
ところが
雨の日も、雪の日も、極寒の強風の日も、寒さで体調を崩しても
一日も休まず、時には笑顔も見せながら穏やかに黙々と歩くお坊さんたちの姿をみるうちに、わたしの心は深いところから揺さぶられ

お昼や夜のユーモアをまじえたお話しを何度も聴き
道路脇で迎える人たちとの心温まるやりとりや、休憩場所でのお坊さん同士の穏やかで心和む様子を見ているうちに
わたしも、すっかりこのお坊さんたちが大好きになりました
そうなると
お坊さんたちから教わったことを無下にできないんですねぇ・・・これが
詳しく書こうとしましたが、どうも上手く書けないので、簡単に
穏やかな笑顔のお坊さまたちが、ユーモアをまじえて仰るには
世の中が平和になることを願うなら
まず、自分自身から始めること
自分の心の平和を保つことが、まず先決
それには、毎朝、起きたら、紙とペン(鉛筆でもOK)を持ってきて
「今日一日を、わたしにとって平和な日にします」
"Today is going to be my peaceful day"
と紙に書く
紙に書いたら、今度はそれを何度か目で読む、その次に口に出して何度も読みあげる
(思考・脳と目、口をつなげる)
つまり、自分の心の平和は、誰にも乱すことはできない
自分が他人にそうさせないかぎりは・・・(ここが難しい~)・・・
例えば、お坊さんのお話しをじかに聞いて、心が穏やかに温かくなって
「今この瞬間から、わたしの心はすっかり平和になった♪」・・・と思っても
家に帰ろうと踵を返して歩き出したら、混雑の中、誰かに足を踏まれた、誰かに押された・・・ムカッ
大混雑の駐車場からなかなか出られない、そこへ誰かが横入りした!・・・ちょっと、なんなのさ!
こんな調子・・・
お坊さんも言っていましたが
せっかく手にした心の平和は、あっというまにどっかへいってしまう、もろいもの
イライラしたり、カッとなったり、怒りや絶望を感じたら、そこですぐさま「コノヤロー!」とアクションを起こさずに・・・自分の呼吸に意識をむける
特別なことはせず、ふつうに、吸って、吐いて・・・
をまずは10回くらい、数えてみる
途中でいくつまで数えたか忘れちゃったら、また1から
そうしているうちに、心が落ち着いてくる
心が落ち着いたら、ひとの心を傷つける暴言を吐かなくなる
穏やかな解決策が浮かんでくるかもしれない
コレなんだそうです
自分の呼吸に意識をむける
自分が考えていること、口にする言葉、行動に注意をむける
そうしていると
心に穏やかさ、安らかさが戻ってくる
温かさ、優しさ、思いやりが顔を出す
まずは自分自身に
そしたら、だんだん自分以外のひとへも
スローダウンする
一度にひとつのことだけをする(マルチタスクをしない)
現状を受け入れる
実はわたしは
マインドフルネスという言葉が、どうもいまいちピンとこず(しっくりしない)
瞑想やアファメーションがすごく苦手なんですが
毎朝、呼吸に意識をむける
10回くらい・・・ね
紙に書いて、黙読してから、音読・・・も
3日坊主でもいいから(汗)
だって、あのお坊さまたちの黙々と歩く姿と穏やかな笑顔を思い出すと
「行進終わったから、やーめたっ!」
・・・って言えない~
これは、お坊さまからいただいた宿題のようなモノ、であります
で、死ぬまで続けるんですよ~
お坊さまにきかれて、皆、大きな声で
"Yeeeeess!"「やりまぁぁぁーすっ!(イイとも!ってノリ)」
って言ってたけど、どれだけのひとがホントにやるんかいな?
わたしなんて・・・もう・・・
わぁ~、できるかなぁ・・・

Charter Bus and Earing Merit
108日かけてテキサス州からワシントンD.C.まで歩いたお坊さんたちとアロカ
帰りはどうするんだろう?
違うルートを歩くのかな?
それとも飛行機か車に乗って帰る?
わたしだけでなく、その他の多くの人たちも「帰り、どうするんだろう?」と思っていたようでした
ワシントンD.C.まであと1週間くらいになった時
フェィスブックのコミュニティページに、Work for Peaceのサポートチームからのリクエストが投稿されました
「ワシントンD.C.からテキサスまで僧侶一行を乗せて帰るチャーターバスを提供してくれる方を探しています」
ほぉー、どうなるんだろう
・・・と思っていたら、なんと投稿の3時間後には、もう寄付の申し出があって、一件落着!
す、すごい・・・
ミッションを達成した僧侶たちとアロカは、チャーターされたこの夜行バスに乗って、2泊3日(一泊めはバージニア州の教会、2泊めは車中泊)で、あっという間に出発した僧院へ帰りつきました



ワシントンD.C.到着後のお話しの中で
計画の段階では、往復歩くつもりだったこと
ところが、そうすると後に控えた大事な行事に間に合わないことがわかり
歩くのは片道だけになったこと
を説明してくれました
飛行機ではなく、バスを選んだのは、僧侶たちをサポートするためにRV2台と乗用車数台に乗って、行動を共にしてきたスタッフやボランティアを置いてきぼりにすることなく、一緒に帰路につくため、だったそうです
くぅー、さすがだな・・・
帰りのバスだけでなく
行進中の毎日のランチスポットとそこで提供されるお昼ご飯、夜の宿泊場所
これらはすべて無償で申し出てくれる団体(教会、寺院、学校、消防署、コミュニティセンターなど)が頼りなので
ランチスポットや宿泊場所は、ギリギリまで決まっていないことが多かったです
行進する僧侶たちのサポートのために常時、伴走してきたRVや乗用車
長い距離を歩くスピードでトロトロと走るわけですから
ブレーキの具合が悪くなったり、キッチン設備に不具合が起こったり
そのたびに、そのことを知った誰かが修理を買って出てくれて、事なきを得てきました
わたしが読んだのはわずかですが、お坊さんたちの行進の裏には、こんなふうにいろんな人たちの助けが、大小数えきれないほどあったんだと思います
ひとつ心に残ったエピソードがありました
ワシントンD.C.に入る前日
「明日の行進で使うバナーが見つからない」
「急遽、作ってくれる人を探している」という緊急事態に
助けを求めるメッセージを見た地元の歯医者さん
「必要な材料は全部うちにある」
「夫の在宅介護に来てくれる家族同然のヘルパーさんも手伝いたいと言ってる」
「功徳をつむ、またとないチャンスだ」
と考えて、迷わず引き受けることにしたそうです


緊急メッセージを見たのが午前10時過ぎ、すぐにバナー作りに取り掛かります
午後になって、疲れを感じてきた時「雨や雪、寒さの中を、お坊さまは2,300マイル歩いているんだから、一日がんばるくらいなんでもない」と自分に言い聞かせ、心のなかで「もうひとり手伝ってくれるひとがいたら」と願ったそうです
するとまもなく、絵を描くのが好きな友人が訪ねてきて、喜んで手伝ってくれることに
午後5時半には、色付けなどもほぼ完成

最後の仕上げを済ませて
午後6時半には、出来上がったバナーを手に、僧侶たちの宿舎までの運転を引き受けてくれた別の友人の車で、その夜のイベント会場兼宿泊場所の大学へ向かいます
イベントを終えたPannakara僧侶に、バナーを手渡した場面

Pannakara僧侶は、ご主人の写真を見つめながら、ご主人のためにお経を唱え
たまたまこの日が誕生日だった介護のヘルパーさん(写真右下)には、祝福のお経を唱えてくださったそうです
バナー作りに関わった人たちみんなにとって、一生忘れられない日になったでしょうね

僧侶たちの平和を願うミッションに、心を動かされ、食事を用意したり、何か少しでもお役にたちたいと思う気持ち、そうすることでわずかな徳(Merit)をつめることをありがたいと思う、そんな心持ち
日本のお遍路さんへの「ご接待」に通じるものがある、気がします
なにかこう・・・気持ちがゆるみます・・・
109th Day: Capitol Hill/Lincoln Memorial
Walk for Peaceのお坊さんたちは、今朝、行進の出発地点であるテキサス州フォートワースの寺院へ帰ってきました
わたしは、お坊さんの一行がワシントンD.C.に入った108日目から今朝まで、これまでよりもさらに熱心にライブストリームを見続け
ストリームがない時には、フェイスブックの公式コミュニティページをチェックし続けて
目がしょぼしょぼで、写真を選ぶ暇も、ブログを書くゆとりもなく
やっと今書いています
よって、もとい
ワシントンD.C.二日めの2月11日(行進の109日目)からの写真です
おっとその前に、思わず鳥肌がたった108日目の様子

胸に迫るBGMつきの動画を、できることならお見せしたい・・・
ここから、DCの2日目、2月11日の行進の様子です
もう説明は要らないと思いますが、参考までにちょっとだけ



DCに行ったことがないわたしは、この通り(Constitution Avenue)に並んでいるいくつもの歴史のありそうな大きな建物に、びっくりしました(お上りさんです)
やっぱりアメリカの首都は、地方都市のポートランドとは全然違うんだなぁ・・・

このお坊さんは、ジョージア州にあるラオスの仏教寺院の修道院長です
11月の終わり、テキサス州を行進していた一行に車が突っ込む事故が起こり、その怪我がもとで左足をひざ下から切断せざるを得ず、行進を続けられなくなりましたが、ここワシントンDCで一行に合流し、最後の二日間車椅子で行進に参加しました


こういう場面を見ると、思わずゾワッと鳥肌がたちます





リンカーン・メモリアルに集まった大勢の人たち

リンカーン・メモリアルの前に並ぶWalk for Peaceの面々と僧侶たち
建物の中に、椅子に腰かけたリンカーンの巨大な像があるところです

右端の尼僧の方、寒いだろうな・・・でも、これも修行の一部なんでしょうね
この日は、ご覧の通り青空が広がる素晴らしいお天気でしたが
風が強くて、すごく寒そうでした
そんななかで、その場に静かに座り、あるいは微動だにせず立つ僧侶たち
その反対側には、防寒着や帽子をしっかり着込んでたつ大勢の一般のひとたち

最後に、大勢のひとたちがウルウルした場面がありました
長くて寒いクロージング・セレモニーの間、お坊さんの足元で毛布にくるまっておとなしく参加していたWalk for Peaceの大事なメンバーで、人気者のワンちゃん、アロカ(Aloka)
司会者に促されて、集まったひとたちによく見えるように、Pannakara僧侶がアロカを抱き上げて、皆に最後の挨拶です

アロカを見つめるお坊さんの優しい表情・・・
これを見ると、いつも思わずウルっとします





今日も大量な写真になって、スミマセン
これでもずいぶん選んだんですけど・・・
動画で見てみたい方、こちらをどうぞ(7分ちょっとで短いです)
アロカの歌もあって、これはなかなか和みます(3分ちょっと)
よかったら、どうぞ
108th Days: Walk for Peace in Washington D.C.
ウォークフォーピース、108日めの今日、最終目的地の米国の首都、ワシントンD.C.に入りました
事前の呼びかけに応えた仏教徒の僧侶や尼僧たちとともに
ワシントン国立大聖堂(Washington National Cathedral)へ向かいます

いつものように一列に並んだ僧侶たちの後ろに
宗派を超えた大勢の僧侶たちが並ぶ光景に
思わず鳥肌が立ちました

ここには写っていませんが、日本のお坊さんのような袈裟の方もいました
全員揃って行進が始まりました

集合場所の教会から、ワシントン国立大聖堂までは徒歩で30分弱


大聖堂入口の石畳



両手をひろげて、僧侶たちを迎えるRandy Hollerith司祭
後ろに並ぶのは、キリスト教各宗派やその他の宗教の代表者たち

司祭の隣、満面の笑みでPannakaraを迎えるマリアン・バッディ主教




教会前で、Walk for Peaceを率いる僧Pannakaraのスピーチと短い瞑想
それに先立ち、彼の後ろに姿が見えるマリアン・バッディ主教が、聖書から短い引用を述べ、僧侶たちを歓迎しました
彼女は、昨年1月の大統領就任式後の説教で、弱者への共感と慈悲を呼び掛けた人物なので、Walk for Peaceの僧侶たちを温かく迎えてくれるはず、と思っていましたが
ほんとうにその通りで、うれしくなりました
大聖堂内には、集まったひとたち全員を収容しきれないため、Pannakaraのスピーチの後は、聖職者のみが大聖堂内にはいって、短いお話しと質疑応答
その様子はライブストリームされました


吠えもせず、おとなしく参加する平和犬、アロカ


マリアン主教に撫でてもらって、お腹まで見せてご機嫌なアロカ(笑)
大聖堂から出てくるWalk for Peaceの面々



荘厳なワシントン国立大聖堂
歴代大統領の葬儀が行われてきた場所で、去年はジェーン・グドール博士の葬儀もここで行われました


冬の青空に映える、ネオ・ゴシック建築の白亜の教会
彼もその荘厳な美しさに惹きつけられたらしく
歩きながら、じっと見入る姿がありました

馬に乗って来たひとたちがいて、びっくり




今夜の宿は、ホワイトハウスから数ブロック西にあるジョージ・ワシントン大学
明日も一日、ワシントンD.C.です
100 Days of Walk for Peace
去年の10月末に、テキサス州フォートワースを出発し
ワシントンD.C.を目指して歩いている上座部仏教(テーラワーダ仏教)の高僧たち
100日めにあたる今週2月2日、バージニア州のリッチモンドに着きました
この日は、お昼休憩の場所から、リッチモンドの市庁舎まで
市民も僧たちの後ろについて一緒に歩き



市庁舎前でピーストーク

2月2日を「ウォークフォーピースの日」に制定するとの宣言

この数日前から、ノースカロライナとバージニアを含めた南部は広い範囲で大寒波に見舞われて
いつも行進の先頭に立ち、夜は集まったひとのために1時間近くピーストークを続けてきたリーダーの僧侶が、何日か体調を崩してしまいました
一日歩き続けながら、昼と夜、一日2回も話しをしてきたので、疲れもたまっていたことと思います
それでも、先頭を別の僧に任せて、身体を休めつつ、一日も休むことなく歩き続けました


ワシントンD.C.には、行進を始めて108日めとなる、2月10日に到着する予定です
108つの煩悩
除夜の鐘と同じ数
行進のルートにバイブルベルトを選んだことも
この数にも、ちゃんと意味がある・・・ような気がします
最終目的地はホワイトハウス、と数か所で読みましたが
どうやらこれは憶測だったらしく
2月10日、ワシントンD.C.に到着後、ワシントン大聖堂(Washington National Cathedral)に立ち寄るということです
ホワイトハウスを目指す・・・って、どうなるんだろう
とちょっと思っていたけれど
今のホワイトハウスとからまないのは、よいことに思います
変に利用されたり、僧侶たちに危険が及んだりしてはいけません
平和のための行進102日めの今朝、「あれっ?」という光景が

詳しいいきさつはわかりませんが、ぐずりもせずに、杖を握ったまま、お坊さんの顔を見上げたりしながら、おとなしく抱かれている赤ちゃん
有難いお経のバイブレーションが、気持ちよかったんじゃないかな

よかったね