Seed of Peace
僧侶たちの行進は、初めのうちは知る人も少なくて、公園や道路脇に座って休憩し、公園や墓地のそばにテントを張って泊ったようです

警官によるエスコートがいつから始まったのか、わかりませんが
たぶん、僧侶の列に車が突っ込む事故が起こって、僧侶がひざ下から足を切断する大怪我を負って、それがきっかけになったのでは、と思います
わたしがフォローし始めた頃には、もう各州の各郡を管轄する警察署がパトカーやバイクで、僧侶たちの行列をエスコートをしていました
行進を見ようと集まる人たちも、日に日に増えていました



最初は、特になんとも思っていませんでしたが
管轄の郡から郡へ、州から州へ、途切れることなく、バトンをつなぐように、引き継がれてゆくエスコート
そのたびにお坊さんが肩にかけた布(?)に、留められてゆくピンバッジ
僧侶たちと警察官たちのやりとりをみていると
仕事だからやっている・・・だけではないもの、僧侶たちに対する誠意のある敬意を、PCのスクリーン越しに感じることも増え、心がじーんとすることもたびたび









ここからワシントンD.C.になるというチェーン・ブリッジ(Chain Bridge)では
メトロポリタン・ポリスの警察官が僧侶たちを出迎えました



ブルーの制服は議事堂を管轄するキャピトール・ポリス
テキサスからワシントンD.C.まで9つの州で、合計の人数は見当もつかないけれど、かなりの数の警察官たちが、僧侶たちの行進をエスコートしたわけです
アメリカの警官、地域の住民に愛され、頼りにされている警察官もいるはずですが
疑わしいというだけで、銃を持たない市民に寄ってたかって発砲し、死なせてしまったことが過去に何度もありました
今回、僧侶たちの「平和の行進」をエスコートした警官たちは
お坊さんたちがもつ穏やかで温かく、かつ強靭なエネルギーを、程度の差はあれ、じかに経験したわけで
平和の種は、間違いなく警察官たちの心にも蒔かれたわけなので
次に何かあって、市民に銃を向けなければならない時に
お坊さんの温かい笑顔が、穏やかな言葉が、頭に思い浮かぶかもしれない
早まった行動を取るまえに、ひと呼吸おくかもしれない
とりかえしのつかない結果になることが、ひとつでも減るかもしれない
お坊さんたちが蒔いた種が、そんなかたちで芽を出してくれたら・・・
わたしは、そう願っています